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【5chの反応】五大老の中で宇喜多秀家(27)だけ若すぎやろ…上手く運営出来てたんか?

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主な議論の抜粋


幾ら何でも宇喜多秀家若過ぎやろ 利家、家康等年長組から秀家は若造と侮られてそうだけど上手く運営出来てたんか?


東北の上杉がなぜ五大老だったのか謎


秀吉の娘婿で大のお気に入りだったろうからな 秀家本人も何がどうなってあの親父からこんな忠臣バカ(褒め言葉)が産まれたんだか


因みに最初は

小早川隆景 前田利家 徳川家康 毛利輝元 宇喜多秀家 の5人で隆景の死後上杉景勝がIN


五大老三人がかりでも家康にボロ負けなんやから欠陥システムよな


>>6 五奉行も3人くらい結託したのに脱糞にボコられた


宇喜多秀家の親父って暗殺マニアだっけ


家康が豊臣五大老なのに豊臣に普通に戦仕掛けて何も誰も言わないのがちょっと… これって主君に弓引いてるのに他の五大老や大名は何してんだよ


>>10 朝鮮出兵で大名から豊臣家へのヘイトがとんでもないことになってた それを秀吉の死後に一身に受けたのが寵愛されてた石田三成 秀吉が死後を考えずに暴れたせいで豊臣家は終わった


>>10 関ヶ原の頃の話ならら誰も豊臣家対徳川家だって思ってなかったからよ 家臣同士の争いだとみんな思ってた

家康のイメージ戦略の勝利


宇喜多はお家騒動もあったし、あれであそこまでできたんは立派やで


秀家は家継いだ時若すぎたから秀吉にとって都合良かったのと、未亡人になった母ちゃんが秀吉に股開いてお気に入りだったから取り立てられた


毛利軍もやる気なかったわけじゃなく伏見城や大津城更に伊勢方面の制圧と積極的に動いてる 広家だって参戦してるんだから何で腹を括らなかったんだろうか


宇喜多秀家は八丈島でなんだかんだ80くらい迄は生きたらしいし島の住民から慕われてて祖先は明治維新まで繋いで華族入り

ある意味勝ち組


>>25 晩年の口癖は、米の飯が食いたい、だったらしいね


しかしなんで大老という用語を江戸幕府も使ったのか 豊臣時代を連想させたらマズいのではないか


センゴクの作者の関が原読んでるんだけど三成応援したくなるね


こんなに徳川家康の時代は無敵だったのに 幕末は長州と薩摩にちょっと小突かれたら他の藩までみんな離れていくあたり時代の流れは悲しいなあ


家康が私婚に走ってもろくに制裁できない 前田がいじめられても周りは日和見の欠陥システム


秀吉死後の豊臣ってずっと間違えた選択をし続けて滅んだよな 家を残すターニングポイント何回もあったのに


>>23 まあ秀次事件の時点で8割方詰んでたやろ アレが無きゃ秀次を太閤、秀頼を関白にして世襲制保つ流れも作れたやろに


>>23淀殿がね...


いまSHOGUN見てるんやが史実の秀吉と家康ってカトリックアンチやったよな?


上杉景勝って何で有能扱いされてるんだろう 武田も毛利も北条も一時は領土を広げて織田を脅かす存在まで成長させてるのに上杉だけ縮小の一途を辿ってるし


前田利家は裏で家康と繋がってたんだろうな 息子にも家康に付くように固く言ってたはずや 江戸時代の前田家の飛び抜けた厚遇ぶりはそれを現している


しかし天皇ってこの時代とか特にお飾りよな


織田→守護を無視して成り上がる 豊臣→織田を無視して成り上がる 前田→柴田を無視して成り上がる 徳川→今川を無視して成り上がる 全員下克上なんだよなあ…


関ヶ原で家康が勝ってなんで豊臣が降りて徳川が征夷大将軍なって天下とれたんや 建前としては豊臣家天下のままやろ




主な内容
  • 宇喜多秀家の若さ:

    • 秀家は若いが、利家や家康などから侮られていたかもしれない。実際には運営がうまく行っていた。

    • 秀吉の娘婿で、大のお気に入りだった。秀家自身も優れた人物で、忠誠心が高かった。

  • 五大老の構成:

    • 最初の五大老は、小早川隆景、前田利家、徳川家康、毛利輝元、宇喜多秀家の5人。隆景の死後、上杉景勝が加わった。

  • 関ヶ原の戦いとその影響:

    • 五大老と五奉行が結託しても家康に敗れたのは、システムの欠陥によるもの。

    • 朝鮮出兵の影響で、豊臣家に対する大名のヘイトが高まっており、関ヶ原の戦いに影響を与えた。

    • 家康が豊臣家に戦いを仕掛けることが問題視されなかったのは、朝鮮出兵の影響で大名の不満が高まっていたため。

  • 宇喜多秀家の評価:

    • 宇喜多秀家は八丈島で長生きし、地元の住民から慕われていた。子孫も明治維新まで続き、華族入りした。

  • 五大老制の課題:

    • 家康に対抗するために5人が選ばれたが、家康の圧倒的な実力の前に形骸化していた。

    • 前田利家の死後、息子の利長が家康に屈したことが大きな影響を与えた。

  • 家康の策略:

    • 家康は利家の死後、速やかに前田家に謀反の疑いをかけ出兵し、婚姻関係を結ぶなどして勢力を拡大していった。

  • 大坂の陣:

    • 関ヶ原の戦い後、大坂の陣で豊臣家と家康の対立が決定的に。

    • 家康の戦略と豊臣家の内紛が結果的に豊臣家の滅亡を招いた。

  • 関ヶ原の戦いの背景:

    • 関ヶ原の戦いは豊臣家内の権力争いとみなされていた。

    • 家康が上杉討伐を口実に戦いを始め、西軍が反抗する形で戦争が拡大した。

  • 毛利と上杉:

    • 毛利や上杉が家康に対抗しきれなかったのは、戦略の問題や内紛が原因。

    • 毛利は本領安堵の約束を反故にされたが、上杉は名門の地位と伊達との関係で徳川に配慮された。

  • 秀吉の影響力:

    • 秀吉が豊臣家を強固にするために様々な策略を行ったが、死後に家康にその策略を活用されてしまった。


以上が主な内容です。歴史の裏側や各武将の動きなど、非常に興味深い議論が展開されています。



用語リスト
  • 五大老(ごたいろう): 豊臣秀吉が後継者を補佐するために設けた5人の重臣。

  • 五奉行(ごぶぎょう): 豊臣秀吉が政務を担当させるために設けた5人の行政官。

  • 石田三成(いしだみつなり): 五奉行の一人で、関ヶ原の戦いでは西軍の指揮を執った。

  • 直江兼続(なおえかねつぐ): 上杉景勝の重臣で、関ヶ原の戦いでは上杉軍を指揮。

  • 加藤清正(かとうきよまさ): 豊臣秀吉の重臣。関ヶ原の戦い後、徳川家康に忠誠を誓った。

  • 小西行長(こにしゆきなが): 五奉行の一人で、関ヶ原の戦いでは西軍の指揮を執った。

  • 大谷吉継(おおたによしつぐ): 西軍の主要な武将で、関ヶ原の戦いで石田三成を支えた。

  • 福島正則(ふくしままさのり): 豊臣秀吉の重臣で、関ヶ原の戦いでは東軍に属した。

  • 細川忠興(ほそかわただおき): 東軍の武将で、関ヶ原の戦いで活躍。

  • 蒲生氏郷(がもううじさと): 秀吉の重臣で、武将。関ヶ原の戦いでは中立を保った。

  • 前田利長(まえだとしなが): 前田利家の息子。関ヶ原の戦いでは東軍に属した。

  • 淀殿(よどどの): 豊臣秀吉の側室で、秀頼の母。大坂の陣で豊臣家を支えた。

  • 豊臣秀頼(とよとみひでより): 豊臣秀吉の息子。大坂の陣で徳川家康に敗れ、豊臣家は滅亡。

  • 小早川秀秋(こばやかわひであき): 五大老の小早川隆景の養子。関ヶ原の戦いで西軍を裏切り、東軍の勝利に貢献した。

  • 宇喜多直家(うきたなおいえ): 宇喜多秀家の父で、戦国時代の大名。暗殺を得意とした。

  • 明智光秀(あけちみつひで): 織田信長の家臣で、本能寺の変を起こし信長を討った。

  • 羽柴秀吉(はしばひでよし): 豊臣秀吉の旧名。織田信長の家臣として出世し、天下統一を果たした。

  • 小牧・長久手の戦い(こまき・ながくてのたたかい): 豊臣秀吉と徳川家康の間で行われた戦い。家康が勝利したが、大局的な影響は少なかった。

  • 大坂冬の陣・夏の陣(おおさかふゆのじん・なつのじん): 豊臣秀頼と徳川家康の間で行われた戦い。夏の陣で大坂城が落城し、豊臣家は滅亡。

  • 関ヶ原の戦い(せきがはらのたたかい): 1600年に行われた戦い。徳川家康率いる東軍が勝利し、江戸幕府の基盤を築いた。

  • 浅井長政(あざいながまさ): 織田信長の妹・お市の方の夫で、後に織田信長に反旗を翻した。

  • 本能寺の変(ほんのうじのへん): 1582年に明智光秀が織田信長を討った事件。

  • 伏見城(ふしみじょう): 豊臣秀吉が築いた城で、関ヶ原の戦いの際には重要な拠点となった。

  • 大垣城(おおがきじょう): 関ヶ原の戦いにおいて、西軍の拠点となった城。

  • 岐阜城(ぎふじょう): 関ヶ原の戦い前に徳川家康に攻め落とされた城。

  • 山中鹿之助(やまなかしかのすけ): 尼子氏の家臣で、戦国時代に活躍した。

  • 長宗我部元親(ちょうそかべもとちか): 四国の戦国大名。関ヶ原の戦いでは西軍に属した。

  • 大名(だいみょう): 戦国時代から江戸時代にかけての日本の封建領主。

  • 八丈島(はちじょうじま): 宇喜多秀家が流された島。彼はこの島で長い余生を過ごした。

  • 毛利家(もうりけ): 戦国大名毛利元就の子孫の家系。関ヶ原の戦いでは西軍に属した。

  • 前田家(まえだけ): 前田利家を中心とする戦国大名の家系。関ヶ原の戦い後、徳川家康に屈した。

  • 上杉家(うえすぎけ): 上杉謙信の子孫の家系。関ヶ原の戦いでは西軍に属した。

  • 伊達(だて): 伊達政宗を中心とする戦国大名の家系。関ヶ原の戦いでは東軍に属した。

  • 小早川秀秋(こばやかわひであき): 五大老の小早川隆景の養子。関ヶ原の戦いで西軍を裏切り、東軍の勝利に貢献した。

  • 加藤清正(かとうきよまさ): 豊臣秀吉の重臣。朝鮮出兵で活躍したが、徳川家康の時代に忠誠を誓った。

  • 秀頼(ひでより): 豊臣秀吉の子。大坂の陣で徳川家康に敗れ、豊臣家は滅亡した。

  • 秀次事件(ひでつぐじけん): 豊臣秀吉が甥の秀次を処刑した事件。この事件が豊臣家の衰退を早めた。

  • 治長(はるなが): 関ヶ原の戦いでは西軍に属した。



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